「相撲」の語源は、誤訳からだった!
スマヰノ サトニ ハニワナシ
「相撲」の語源とは、
ノミスクネと戦った、力自慢のクエハヤが「住まいしていた里」に
ハニ ワ(土俵)を作ったことから
スマヰが誤訳の結果、相撲の語源になってしまったのでしたが、
ヲシテ文献には、もうひとつの「ハニ ワ」が登場します。
びーちぇさまより「ハニワ」について解説いただきました。
以下、全文引用。
ヲシテ文献が解き明かす埴輪の起源
今で言う埴輪は、ノミノスクネの業績に由来しております。
そして「オイカレ」という、
我が国にあろうはずのない、
心無く酷い「殉喪」の行いが「あった」・・・
そのことから発しました。
イキオメクマテ
カラスルハ イタマシヒカナ
フルノリモ ヨカラヌミチハ
ヤムヘシソ (ホツマツタヱ 37ー4、5)
そして、ヲシテ文書には、
真心からの殉死と、
自発ではあるけれど制度になってしまった殉死、
・・・そして次第に、いやいやながら、
やむなくという例もあったことと推察できます。
が、その他に、
大変むごい強制の「殉喪」が1例、記されています。
イクメノキミが心いためられたのは、
この強制の「殉喪」です。
何と、これが、たった1字で書き分けられているのですねっ!
実はこれを発見されたのは、
あの「よみがえる日本語」のもう1人の著者、
青木純雄氏でした。
残念ながら青木氏のその記事は、
すでに読めなくなっております。
けれども、あまりにも感激致しましたので、
良く記憶しているのです。
ですから、この解説の責任は、
ご紹介した私、びーちぇにありますので、
よろしくご承知くださいませ。
「フルノリモ ヨカラヌミチハ
ヤムヘシソ」
というイクメノキミのお言葉があります。
この「フルノリ」は、もちろん古い法を意味します。
イハワレヒコ(神武)さま以後のヒトノヨ(今の世)の
8代・カエシネノキミ(孝昭天皇)のオモムロ納めの時、
「イキルミタリモ オヒマカル アメミコノリヤ」という記述があり、
ノリ(法)として発せられたらしいです。
それが「オヒマカル」と書かれました。
ヒトノヨ初代・イハワレヒコ(神武)さまのご葬儀では、
キサキ、アヒラツヒメとクシミカタマは生きたまま、
キミのご遺骸に付き添ってムロに入り、
共に「カミアガリ」なさいました。
これはカミノヨにおいて、死んでもタマノヲをこの世に止め、
いついつまでもクニを護らんとする意思の現れでした。
トヨケさまが始められたので「トヨケノリ」とも呼ばれています。
そして次の日に、このカミアガリのことを聞いた、
キミをお慕いする33人の人たちが、
自ら「オイ」マカルことを選んだのです。
オ・・・ヲ(キミ)と書くところ、
臣下ですから「オ」とへりくだった記し方。
イ・・・意思・決心を表します。
つまり「追って」という意味だけではなく、
生死をもキミと共にあろうとする、
キミをお慕いする篤い心が偲ばれるのですね。
アマミコガ アメニカエレハ
ミソミオフ マメモミサホモ
トホルアメカナ (31-43)
マメは忠義、忠節であり、ミサホは女性を意識した言葉なので、
これはキサキ・アヒラツヒメの誠実な御心を表しているのでしょう。
このような行いはアメナルミチに適っているということでした。
しかし8代のカエシネさまの時には、
「オヒマカル」で、追って亡くなったと簡単に書かれています。
それでも「マカル」というのは、自然な死をさす言葉ですから、
淡々とアメミコノリに従って殉死を遂げたのでしょう。
そして「オヒカレ」ですね。
これはもう習慣的に、イヤでもという感じ。
マカルは使っていません。
「カレ」は自然な死ではありません。
そしてイクメノキミが心を痛められた強制殉喪には、
たった一言「カル」と記してあります。
ネツキフカ オモムロオクル
ツキサカニ ハヘルヒトラオ
イキナガラ ウツメハサケヒ
ツイニカル イヌトリハムオ
キコシメシ アワレニオホス
ミコトノリ
本当に無茶苦茶ですね。
ご遺骸を埋める時、そこに居た人を生きながら埋めたなんて。
泣き叫んでいたけれど、ついに「カル」なんですね。
それを犬や鳥が食べた・・・
イキオメクマテ
カラスルハ イタマシヒカナ
フルノリモ ヨカラヌミチハ
ヤムヘシソ
心からの殉死と、
自らではあるけれど制度になってしまった殉死(アメミコノリ)と、
その他に、大変むごい強制の殉喪があることがわかります。
イクメノキミが心いためられたのは、この強制の殉喪です。
ミコトノリ サキノオヒカレ
ヨカラネハ コノオコナヒハ
イカニセン
ノミノスクネガ
モフサクハ イケルオウツム
タメシトハ アニヨカランヤ
ハカラント
・・・ウツムは埋める
・・・タメシは、前例となることはアメノミチには適っていず良くない。
「生きながら強制的に人を埋めることが、
前例になるなどとは、
アメノミチに逆らうことであり、
良くないことですから、
私が考えてなんとかいたしましょう」
そう、ノミノスクネが申し上げたのですね☆

イツモノハシヘ
モモメシテ ハニテコオヨヒ
クサクサノ カタチツクリテ
タテマツル イマヨリノチハ
ハシモノオ イケルニカエテ
ミササキニ ウエテタメシト
ナスヘシヤ
・・・ハシヘは土師
・・・ハニテコは土を焼いて固めたテコ(人形)のこと
・・・ハシモノ 土師もの、つまり焼き物
そしてスクネは、出雲から焼き物師を百(モモ)人も呼び出して、
土人形を始めとして、いろいろの日常のものを形どり、
それを焼き物にしてキミに奉り、
「今より後は、生きた人の代わりに焼き物を、陵に植え立てて
先例となされるべきでございましょう」
と申し上げました。
(スクネは出雲の出身だったのですね。)
キミヨロコヒテ
ミコトノリ ナンチガハカリ
ワガココロ ヨシトハニワノ
タテモノオ ノチノタメシト
サタマリテ ノミノスクネオ
アツクホメ
カタシトコロオ
タマワリテ ハシノツカサソ
・・・「ハニワノタテモノ」が問題。
ハニ(土を焼いて固めた)ワノ(地面に)タテモノ(立てるもの)
相撲の時の「ハニ ワ」土から水を除いた固いもので輪につくった、
土俵の意味とは違うものであるのが解ります。
もちろんイクメノキミは、たいそうお喜びになりました。
それはこの提案に「ワガココロ ヨシ」とまで具体的な表現で
「アツクホメ」られたことで解るのですが、
ヲシテ時代でも、そうそう有るわけでは無いと思います。
カタシトコロオ
タマワリテ ハシノツカサソ
ノミノスクネは、
カタシトコロ(窯を成して焼き物をする)地所を賜って、
土師(ハシ)の仕事の全てを、司る長官となりました。
(乃木希典)
うつし世を 神さりましし
大君の みあと慕ひて
我はゆくなり
(乃木静子)
出でまして かえりまし日の
なしと聞く けふの御幸に
遇ふぞかなしき
乃木将軍の辞世の和歌
「オイマカル」そのものではありませんか!
以上、
びーちぇさまの解説を全文引用させていただきました。
びーちぇさまは、ツイッターをお持ちです。http://twitter.com/julian_beace
参照 松本善之助 秘められた日本古代史 ホツマツタヱ
池田 満 「ホツマツタヱ」を読み解く 展望社
ホツマ縄文日本のたから
ホツマ辞典 展望社
定本・ホツマツタヱ ―日本書記・古事記との対比―
松本善之助 監修
池田 満 編者 展望社































by こと まとか
天照大神が女神にされたわけ