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埴輪の起源

2011/02/13 19:52

 

 

 

「相撲」の語源は、誤訳からだった!

 

 

スマヰノ サトニ ハニワナシ  

 

 

「相撲」の語源とは、 

 

ノミスクネと戦った、力自慢のクエハヤが「住まいしていた里」に  

 

ハニ ワ(土俵)を作ったことから 

 

スマヰが誤訳の結果、相撲の語源になってしまったのでしたが、 


ヲシテ文献には、もうひとつの「ハニ ワ」が登場します。 

 

 

びーちぇさまより「ハニワ」について解説いただきました。 

 

 

以下、全文引用。
 

 

 

ヲシテ文献が解き明かす埴輪の起源

 

 

 

 

 

 

 

今で言う埴輪は、ノミノスクネの業績に由来しております。
 

そして「オイカレ」という、
 

我が国にあろうはずのない、
 

心無く酷い「殉喪」の行いが「あった」・・・
 

そのことから発しました。

 

イキオメクマテ
 

カラスルハ イタマシヒカナ
 

フルノリモ ヨカラヌミチハ
 

ヤムヘシソ        (ホツマツタヱ 37ー4、5)

 

 

そして、ヲシテ文書には、
 

真心からの殉死と、
 

自発ではあるけれど制度になってしまった殉死、
 

・・・そして次第に、いやいやながら、
 

やむなくという例もあったことと推察できます。
 

が、その他に、
 

大変むごい強制の「殉喪」が1例、記されています。

 

イクメノキミが心いためられたのは、
 

この強制の「殉喪」です。
 

何と、これが、たった1字で書き分けられているのですねっ!

 

実はこれを発見されたのは、
 

あの「よみがえる日本語」のもう1人の著者、
 

青木純雄氏でした。
 

残念ながら青木氏のその記事は、
 

すでに読めなくなっております。
 

けれども、あまりにも感激致しましたので、
 

良く記憶しているのです。

 

ですから、この解説の責任は、
 

ご紹介した私、びーちぇにありますので、
 

よろしくご承知くださいませ。

 

 

 

 さて、ここに

 

「フルノリモ ヨカラヌミチハ
ヤムヘシソ」 

 

 

というイクメノキミのお言葉があります。
 

この「フルノリ」は、もちろん古い法を意味します。

 

イハワレヒコ(神武)さま以後のヒトノヨ(今の世)の
 

8代・カエシネノキミ(孝昭天皇)のオモムロ納めの時、
 

「イキルミタリモ オヒマカル アメミコノリヤ」という記述があり、
 

ノリ(法)として発せられたらしいです。

 

それが「オヒマカル」と書かれました。
 

オ「イ」マカリと、オ「ヒ」マカリでは違うんです。 

 

 

ヒトノヨ初代・イハワレヒコ(神武)さまのご葬儀では、
 

キサキ、アヒラツヒメとクシミカタマは生きたまま、
 

キミのご遺骸に付き添ってムロに入り、
 

共に「カミアガリ」なさいました。
 

これはカミノヨにおいて、死んでもタマノヲをこの世に止め、
 

いついつまでもクニを護らんとする意思の現れでした。
 

トヨケさまが始められたので「トヨケノリ」とも呼ばれています。

 

そして次の日に、このカミアガリのことを聞いた、
 

キミをお慕いする33人の人たちが、
 

自ら「オイ」マカルことを選んだのです。

 

オ・・・ヲ(キミ)と書くところ、
 

臣下ですから「オ」とへりくだった記し方。
 

イ・・・意思・決心を表します。 

 

つまり「追って」という意味だけではなく、
 

生死をもキミと共にあろうとする、
 

キミをお慕いする篤い心が偲ばれるのですね。 

 

 

 

アマミコガ アメニカエレハ
 

ミソミオフ マメモミサホモ
 

トホルアメカナ      (31-43) 

 

 

 

 

マメは忠義、忠節であり、ミサホは女性を意識した言葉なので、
 

これはキサキ・アヒラツヒメの誠実な御心を表しているのでしょう。
 

このような行いはアメナルミチに適っているということでした。

 

しかし8代のカエシネさまの時には、
 

「オヒマカル」で、追って亡くなったと簡単に書かれています。
 

それでも「マカル」というのは、自然な死をさす言葉ですから、
 

 

 

淡々とアメミコノリに従って殉死を遂げたのでしょう。 

 

そして「オヒカレ」ですね。
 

これはもう習慣的に、イヤでもという感じ。
 

マカルは使っていません。
 

「カレ」は自然な死ではありません。

 

 

 

そしてイクメノキミが心を痛められた強制殉喪には、
 

たった一言「カル」と記してあります。  

 

 

ネツキフカ オモムロオクル
 

ツキサカニ ハヘルヒトラオ
 

イキナガラ ウツメハサケヒ
 

ツイニカル イヌトリハムオ
 

キコシメシ アワレニオホス
 

ミコトノリ 

 

 

 

 

 

 

本当に無茶苦茶ですね。
 

ご遺骸を埋める時、そこに居た人を生きながら埋めたなんて。
 

泣き叫んでいたけれど、ついに「カル」なんですね。
 

それを犬や鳥が食べた・・・

 

 

 

 

 

 

イキオメクマテ
 

カラスルハ イタマシヒカナ
 

フルノリモ ヨカラヌミチハ
 

ヤムヘシソ 

 

 

 

 

 

心からの殉死と、
 

自らではあるけれど制度になってしまった殉死(アメミコノリ)と、
 

その他に、大変むごい強制の殉喪があることがわかります。

 

イクメノキミが心いためられたのは、この強制の殉喪です。

 

 

ミコトノリ サキノオヒカレ
 

ヨカラネハ コノオコナヒハ
 

イカニセン 
 

ノミノスクネガ
 

モフサクハ イケルオウツム 

 

タメシトハ アニヨカランヤ 

 

ハカラント 

 

 

 

 

 

   ・・・ウツムは埋める 

   ・・・タメシは、前例となることはアメノミチには適っていず良くない。 

 

「生きながら強制的に人を埋めることが、
 

前例になるなどとは、
 

アメノミチに逆らうことであり、
 

良くないことですから、
 

私が考えてなんとかいたしましょう」
 

そう、ノミノスクネが申し上げたのですね☆ 

 

 

 

 

 

 

 

イツモノハシヘ  

 

モモメシテ ハニテコオヨヒ  

 

クサクサノ カタチツクリテ
 

タテマツル イマヨリノチハ
 

ハシモノオ イケルニカエテ
 

ミササキニ ウエテタメシト
 

ナスヘシヤ  

 

 

 

 

 

   ・・・ハシヘは土師 

 

   ・・・ハニテコは土を焼いて固めたテコ(人形)のこと  

 

   ・・・ハシモノ 土師もの、つまり焼き物 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてスクネは、出雲から焼き物師を百(モモ)人も呼び出して、
 

土人形を始めとして、いろいろの日常のものを形どり、
 

それを焼き物にしてキミに奉り、
 

「今より後は、生きた人の代わりに焼き物を、陵に植え立てて
 

先例となされるべきでございましょう」
 

と申し上げました。 

 

             (スクネは出雲の出身だったのですね。)  

 

 

 

 

キミヨロコヒテ
 

ミコトノリ ナンチガハカリ
 

ワガココロ ヨシトハニワノ  

 

タテモノオ ノチノタメシト               
 

サタマリテ ノミノスクネオ

 

アツクホメ  

 

カタシトコロオ    
 

タマワリテ ハシノツカサソ 

    

 

 

 

・・・「ハニワノタテモノ」が問題。  

 

ハニ(土を焼いて固めた)ワノ(地面に)タテモノ(立てるもの)

 

相撲の時の「ハニ ワ」土から水を除いた固いもので輪につくった、

 

土俵の意味とは違うものであるのが解ります。
  

もちろんイクメノキミは、たいそうお喜びになりました。 
 

 

それはこの提案に「ワガココロ ヨシ」とまで具体的な表現で
 

「アツクホメ」られたことで解るのですが、
 

ヲシテ時代でも、そうそう有るわけでは無いと思います。 

 

カタシトコロオ    
 

タマワリテ ハシノツカサソ 

 

ノミノスクネは、
 

カタシトコロ(窯を成して焼き物をする)地所を賜って、
 

土師(ハシ)の仕事の全てを、司る長官となりました。 

 

 

 

 (乃木希典)
   うつし世を 神さりましし
      大君の みあと慕ひて
             我はゆくなり

 

 (乃木静子)
    出でまして かえりまし日の
       なしと聞く けふの御幸に
              遇ふぞかなしき

 

 

乃木将軍の辞世の和歌
「オイマカル」そのものではありませんか! 

 

 

 

以上、 

 

びーちぇさまの解説を全文引用させていただきました。 

 

びーちぇさまは、ツイッターをお持ちです。http://twitter.com/julian_beace  

 

  

 

参照        松本善之助 秘められた日本古代史 ホツマツタヱ



            池田 満  「ホツマツタヱ」を読み解く  展望社

                    ホツマ縄文日本のたから 
展望社

                    ホツマ辞典        展望社


       定本・ホツマツタヱ  ―日本書記・古事記との対比―

                    松本善之助 監修  
                    池田 満   編者     展望社
    
 

 

 

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相撲の起源

2011/02/12 17:03

 

 

 

 

「朕聞 當麻蹶速者天下之力士也」 

「各擧足相蹶則蹶折當麻蹶速之脇骨亦蹈折其腰而殺之」  

  

日本書紀』には、垂仁天皇7年に野見宿禰と「當麻蹶速」(当麻蹴速)の「捔力」とあり 

 

相撲はたいへんに歴史が古く、伝統のあるものですが・・・、 

 

 

 

 

 

 

『記紀原書』である、「ヲシテ文献」ではどのように記されているのでしょう? 

 

相撲の起源について、びーちぇさまに教えていただきました。 

 

 

以下、全文引用。

 

 

記紀原書「ヲシテ文献」でしか解らない 「相撲の起源 」

 

 

  

相撲は上古から、ご皇室ともゆかりの伝統を持つ神事です 

 

日本書紀にもありますが、ヲシテ文献ではさらに詳しく、 

 

日本の心にふれる記載がされています。 

 

ことに「ユミトリ」という神事に関して、ユミトリとは何か、 

 

なぜ始まったかは、ヲシテでしか解らないのです。  

 

 

 

 

. 

                                  定本ホツマツタヱより引用 

 

 

       スマヰノサトニ
 

ハニワナシ タエマハキヨリ
 

ノミハツニ アイタチフメハ
 

ノミツヨク クエハヤガワキ
 

フミテマタ コシフミコロス
 

トキニキミ ウチハオアケテ
 

トヨマセハ トミモヨロコヒ
 

クエハヤガ カナユミオヨヒ
 

タエマクニ ノミニタマワリ
 

イエハツマ ツギナシノミハ
 

ユミトリソコレ 

 

 

 

イクメノキミ(垂仁天皇)の時代は平和でありました。  

 

故に自分の力を試すことが出来ない・・このままでは死にきれぬとの、 

 

オオチカラ(大力)の民の1人の嘆きを聞き届けられ、 

 

初の上覧武芸試合が行われたのです。 

 

その命をかけた試合(戦い)が相撲の起源です。 

 

武芸試合と書きましたが、要は素手による「力くらべ」・・ 

 

ただし、命をかけてのものであったのです。 

 

 オオチカラは「タエマノクエハヤ」 

 

鉄の強弓を1人でフミハル(踏んで張る)力持ち。 

 

キミのお触れの力くらべに、喜んで応じたのが「ノミノスクネ」 

 

勝負に勝ったスクネは、イクメノキミから前述の「カナユミ」を賜ります。 

 

鉄弓と思われますが同時に武を讃える名称です。 

 

また力くらべで亡くなったクエハヤに対し、キミはスクネに命じて、 

 

その所領、クエハヤの妻と家を守らせることになさいました。 

 

スクネには嗣子が無かったので、これも可能だったのでしょう。 

 

後、彼は朝廷にお仕えして活躍することになります。 

 

カナユミの「カナ」が武を讃えるコトハです。 

 

はるか昔のカミノヨ(祖先の時代)のカシマカミ(タケミカツチ)も、 

 

戦いでの功を称える「カナ テ」を賜りました。 

 

乗り弓や乗馬してのツルギのわざに優れ、また大力でもあったのですね。 

 

 

というわけで、相撲の「弓取り式」は、 

 

このカナユミをキミに賜ったことに由来するカミコト(神事)となりました。 

 

 

 

大相撲も、このカミコトの本質を、ケカレなき心で受け止めることが、 

 

まずは必要ではないかと思われます。  

 

 

 

 

 

 

 

「スマヰノサトニ ハニワナシ」
 

スマヰが誤訳の結果、相撲の語源になってしまいました。  

 

 

 

 


                         定本ホツマツタヱ日本書記との対比 

 

 

 

これは、クエハヤの「住まいのあった里」に「ハニ ワ」を作ったのです。
 

土俵の始まりですね。
 

ハニは、土から水を取り除いたもの。で、輪の形に作りました。

 

これをふまえて、37アヤはじめから殉葬の禁止の詔が下ったわけですが。
 

このいきさつは、長くなるので、またの機会にいたします。 

 

 

 

 

 

 

 

カミコトを行う前には、心も身体も祓い清める作法「行」をなすことが必要
 

そしてそのカミが「今、現在に居ますように」 

 

 

心から敬いつつ行うことが、もう1つ大事なこととなります。

 

 

大相撲は「神事」です。 

 

 

神事は音読みで「しんじ」ですが、ヤマトコトバの訓読みでは「カミコト」 

 

カミとは本来、敬うべき「祖先・源」を指しますから 

 

『祖先のなしたこと』『日本の源の事柄」といった意味となります。 

 

このカミコトに、帰化人が伝統も知らないまま漢字を当てはめてしまいました。 

 

ゆえに神事は宗教的なものとは違う。 

 

祖先を敬い、そのご業績をしのぶという、ヤマトの心の伝統作法と言えるでしょう。

 

 

 

重要なのは、カミコト(神事)をなすにあたり、心のあり方が問われることです。 

 

ヲシテが教えるのは「スク」であること。 

 

つまり清明、素直で真直ぐな、誠実な心のあり方があってこそ。 

 

 

ケカレがあってはカミコトの本質を受け伝えることが出来ないのです。
 

 

ケカレとは「気」すなわち生命力が「枯れ」た状態です。 

 

 

「身体のケカレはミソギ」 

 

「心のケカレはウタ」で浄め払うことが出来ると古のアマカミは教えられました。 

  

 

 

 

 

   

「スク」「マメ」はアマテルカミをはじめ、色々な御方が教え諭しておられる事柄であります。

 

相撲そのものが国技にふさわしい歴史と伝統を持つもの・・・故に神事とされたのです。 

 

この視点を見失うと、ご皇室の尊いことや我が国の歴史・伝統が失われてしまいます。 

 

 

 

 

以上、 

 

びーちぇさまの解説を引用させていただきました。   

 

 

びーちぇさまのサイトはこちらです。http://julian.way-nifty.com/woshite/ 

 

 

 

             次回は「埴輪の起源」です。  

 

 

                         

 

 

 

参照        松本善之助 秘められた日本古代史 ホツマツタヱ



            池田 満  「ホツマツタヱ」を読み解く  展望社

                    ホツマ縄文日本のたから 
展望社

                    ホツマ辞典        展望社


       定本・ホツマツタヱ  ―日本書記・古事記との対比―

                    松本善之助 監修  
                    池田 満   編者     展望社
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ヲトタチハナ姫(弟橘媛)を祭る吾妻神社(二宮)

2010/08/21 20:57

 

 

ヤマトタケ(日本武尊)さま東征の折、上総に向かう船から 

 

荒れ狂う海に身を投げるヲトタチハナ姫(弟橘媛)の図

 

   

 

相模、上総、双方に伝承が残る、あまりにも有名な場面です。 

 

記紀(日本書記、古事記)の原書であるヲシテ文献では、 

 

出航の地はもとより、どのようなお気持ちであられたのか、 

 

記紀で”わからなくされた”人物像が明らかになります。 

 

 

 

ヲシテ文献で読むヲトタチハナ姫のこころ

 

 

  

 

 

イクサブネ  

 

タダヨフ カゼオ シツメント 

 

オトタチバナ ハ ヘニ ノボリ 

 

アメツチ イノリ ワガキミ ノ 

 

イツオ ヤマトニ タテントス 

 

ワレ キミノタメ タツトナリ 

 

フネ マモラント ウミニイル

 

 

                    ホツマツタヱ 39アヤ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

神奈川県 二宮町 吾妻山公園  

 

 

 

 

 

 

  

 

  

 

山を登って海を見下ろすと、左に見えるのが大磯方面、 

 

海の向こう、左手に三浦半島、 

 

ヲシテ文献に伝わる、ヤマトタケさまご出航の地が大磯、 

 

ヲトタチハナ姫さまが最期を遂げられたのは、 

 

三浦半島の向こうの走水の沖合い、 

 

上総に向かう途中のことでございました。 

 

 

 

 

 

この山にヲトタチハナ姫さまの形見の櫛と帯を 

 

ツカとして、ヤシロを建ててお祭りしましたのが、

 

アツマモリ(吾妻神社)とヲシテ文献に記されています。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

これより、画像のみで失礼いたしますが、 

 

ヤマトタケさまもご覧になられたであろう、吾妻山からの富士の景色です。 

 

 

 

  

 

  

 

 

 

  

 

 

ハラミ山(富士山)の手前に見える山が、ヤマトタケさまが登られた矢倉岳  

 

 

  

 さねさねし さがむのおのに もゆるひの  

 

 

        ほなかにたちて とひしきみかも  

 

                                 (ヲトタチハナ姫さまの詠まれたウタ)

 

 

 

 

ヤマトタケさま、ヲトタチハナ姫さまのお話の続き、詳しくは、   

 

池田先生のご著書「ホツマで読むヤマトタケ(日本武尊)物語」で 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       

 

 

                              

 

 

 

                               

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「ホツマで読むヤマトタケ(日本武尊)物語」

2010/08/20 21:51

 

 

 

「ホツマで読む ヤマトタケ(日本武尊)物語」 

 

 

 

 

待望の池田満先生の御著書が18日発売になりました。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

各地に残るヤマトタケさまの伝承が、 

 

ヲシテ文献によって解き明かされます。 

 

 

 

謎であった  

 

  相模一ノ宮 寒川神社のご創建の由来も 

 

      「津軽ねぶた」が飾られる不思議・・・ 

 

                 読んで納得・・・です  

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

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ワカ姫~和歌のマシナイ~「扇祭りの由来」編

2010/04/25 14:07

 

 

熊野速玉大社(新宮市新宮)には、もう一つの扇祭りがあり、 

7月14日「扇立祭(おうぎたてまつり)」として開催されます。 

  

 

  

 

旧暦六月十四日午後六時、祝詞奏上の後、神殿に扇を立てて拝礼するという簡素なものですが、田楽があり、納涼をかねた紀南最大の夏祭りとして有名です。桧扇は本殿用の高さ1・5メートル、幅1・65メートルの1本と、拝殿用の高さ80センチ、幅1・3メートルの6本。短冊状の薄いヒノキ板に金ぱくや銀ぱく、絵の具で山水花鳥が鮮やかに描かれています。同大社は室町時代に朝廷から奉納された桧扇11本(国宝)を所蔵。祭り用に使われているものは、1964年に複製したものです。参拝者は、この神扇を通して豊作や無病息災を願ってお参りします。

 

 

 

お祭り前に虫干しが行われる扇 

 

 

 

今回は、扇祭りの由来となった「穂虫はらい」と、その「ウタ」についてです。 

 

 

 

ヲシテ文献だから根拠がある! 

 

    扇祭りの由来 ~ワカ姫、和歌のマシナイ~ 

 

                     「ホムシハラヒのウタ」の巻   

 

 

 

 

 

ワカ姫さまは、お名前をヒルコヒメと申され、 

アマテルさまの姉として御生まれでしたが、

ご両親、イサナギ、イサナミさまのアメノフシ(厄年)に当っていたことから、

3歳の時に捨て子されます。 

のちに、アマテルさまの妹として、ご両親の元に戻られますが、  

 

ご幼少のころは、カナサキさまご夫婦の慈しみと、 

ご教育のもと、聡明にお育ちになられました。 

  

教養豊かで才知にあふれ、お若くしてコト(琴)の名手であり、

ワカ(和歌)の達人であられたことからワカ姫と呼ばれることになります。 

 

 

 

 

御母上イサナミさまがお亡くなりになられたあと、 

アマテルさまが新しくひらいた都、イサワの宮(志摩)にお住まいだった時のお話です。 

 

 

 

 

 

 

 

キシヰノ イナダ ホヲ ムシニ イタムオ ナケキ 

 

キシヰ(今の和歌山市)から 

稲穂を荒らす害虫が大発生したと知らせる使者が朝廷にやってきました。 

 

アマテルさまは、あいにく、天橋立に行幸なさった後だったため、 

アマテルさまのご名代、正妃ムカツ姫ホノコさまと共に、 

キシヰに向かわれたのでした。 

    

 

 

 

 

 

 

 

ホノコさまが田圃の東側に立たれ、

田圃を囲むように30人の女性を左右に佇ませました。

 

そうして、ワカ姫さまの御詠みになった穂虫払いのウタを 

西に向かって、みなで声をそろえ歌いました。 

 

 

タネハタネウムスギサカメマメスメラノソロハモハメソムシモミナシム

 

 

くり返し、くり返し、32音のマシナイウタを360回、 

田圃が揺れんばかりに歌いますと、 

ついに、虫は飛び去り、西の海へ落ちていきました。 

 

害虫が去った田圃はよみがえり、稲が実りをつけるようになり、人々はよろこびました。 

 

 

カレタル イネノ ワカカエル ワカノウタヨリ ワカノ クニ 

 

枯れかけた稲が若返ったことから、短歌をワカウタと呼ぶことになり、 

クニの名も、ワカのクニとなりました。 

 

 

 

 

オシクサニ アフグ ワカヒメ ウタヨミテ 

 

ワカ姫が、この穂虫払いの時に扇いで使ったのが、カラスアフギの葉です。

 

 

 

 

 

 

ヌバタマノ ハナハ ホノホノ カラスバノ  

 

アカキハ ヒノデ 

  

  

 

 

カラスアフギの種ヌバタマは、真っ黒の闇の色をしているけれども、 

 

その花の色は日の出を思わせ、夏至の最も太陽の高い頃につける。 

  

 

 

東から昇り、南に高くあがり、西に沈む太陽の運行と

 

  

春の若葉、夏の青葉、秋の紅葉、 

冬、葉が落ちるとも、地下には根が息づいて春を待つ 

 

樹木の成長と自然の循環とを、

キ(東)ツ(西)サ(南)ネ(北)に重ね合わせ、 

 

大自然の恵みを受け、人々に教え、栄えさせ、 

国の中心で治めるアマカミの存在をヲ(中央)と表わす、  

 

キ(東) ツ(西) ヲ(中央) サ(南) ネ(北) 

 

ワカ姫は、この自然の成り立ちを、 

かつて、ご養父カナサキさまから学ばれたものでした。

 

稲の全滅という人々の絶望の渕から、  

みごとに国民を豊かに導いた教え草を 

「クニモリヲサム」象徴の桧扇とし、 

後年、シタテル姫のお名とともにアマテルカミよりたまわりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

速玉大社 国宝の檜扇

 

 

 

 

 

さて、ワカ姫さまの難解な「ホムシハラヒのウタ」について、 

びーちぇさまより教えていただきました。 

 

以下に引用いたします。

 

 

 

難しいですが、ウタの句読点がポイントになるのですね。  

 

 

タネ ハタネ 
 

ウム スキ サカメ
 

マメ スメ ラノ
 

ソロハモ ハメソ
 

ムシモ ミナ シム 

 

 

タネ ・・・種あるいは、田んぼの根っこ
 

ハタネ ・・同じく畑の種、または畑の根本

 

ウム ・・・生じる、又はウムキ(大麦)
 

スキ ・・・スムキ(小麦の略)
 

サカメ ・・豆の類と思われます。
 

マメ ・・・大豆
 

スメ ・・・小豆
 

ソロ・・・稲(ソ)と畑の菜っ葉や雑穀(ロ)

 

 

以上の訳は、ホツマツタヱ38アヤに、
 

カミノリカヰ・カミアリカヰという、
 

秋から年越し、新年のミケ(神饌)のことが、
 

詳しく書いてあるので判るのです。
 

読んでみて下さいね?

 

「カヰ」は言うまでもなく、お粥のこと。
 

面白いのは、年越しは「お蕎麦」じゃないんです!

 

 

トシコエ ハ ウムキト スメト
 

ヨネ ムマス トシノリ ヤマサ
 

オニヤラヰ

 

 

大麦と小豆とお米を蒸す・・・
 

まるで、麦入りのお赤飯みたいな?

 

さて、
 

このウタは、たいそう難しくて、
 

私もいまいち自信がないのですが、
 

ほぼ、以下のような意味と思います。 

 

田や畑からは、
 

大麦、小麦、大豆や小豆など、
 

アメの循環からの恵みが生じます。
 

(虫たちよ)
 

このような恵みの稲や作物の葉を
 

(独り占めに)
 

食べてはいけない。

 

(なぜなら、虫のお前たちも、
 

循環の中では仲間なのだから) 

 

「シム」というのが、「血族、身内」、 

 

「我欲の強いもの」の意味ですから、 

 

このような意味かと推測できます。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

以上、びーちぇさまの解説と、マシナイの図解を引用させていただきました。 

 

びーちぇさまのサイトはこちらです。 

 

http://julian.way-nifty.com/woshite/2010/04/post-132a.html

 

 

 

 

 

ホムシハラヒのウタは、 

すべては自然の循環の中にあることを詠んだものであった―― 

 

さらに、このウタは、32音で「字余り」だったのですが、 

この意味については、いずれかの機会といたします。 

 

 

                                             

 

 

                                   

 

 

参照        松本善之助 秘められた日本古代史 ホツマツタヱ



            池田 満  「ホツマツタヱ」を読み解く  展望社

                    ホツマ縄文日本のたから 
展望社

                    ホツマ辞典        展望社


       定本・ホツマツタヱ  ―日本書記・古事記との対比―

                    松本善之助 監修  
                    池田 満   編者     展望社

  

 

 

 

 

 

                                             

 

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熊野「カラス」の真相

2010/04/11 11:02

 

 

神武天皇が熊野灘から那智の海岸“にしきうら”に御上陸されたとき、那智の山に光が輝くのをみて、この大瀧をさぐり当てられ、神としておまつりになり、その御守護のもと、八咫烏の導きによって無事大和へお入りになった」と熊野那智大社社伝には、記録され 

   

那智の滝  

  

 

例大祭(扇祭り)では、八咫烏帽をかぶった権宮司がさまざまな神事に臨まれます。 

 

 

 

 

境内の随所にカラスに関連するものがみられ、那智大社のみならず、 

 

 

八咫烏は、今では、熊野のシンボルキャラクターとなっています。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神武天皇東征のおり、山道を道案内したといわれるヤタガラスとは? 

 

以前のエントリ神武東征(5)ヤタガラスで教えていただきました 

 

以下に再掲します。
 

この方は、イミナ(実名)をミチオミといわれ、7代タカミムスビの御子(次男)クシタマさまの
子孫なのです。初代タカミムスビの御子(次男アメカカミ)の3代後が「イサナギ」さまですし、
5代タカミムスビの姫御子が「イサナミ」さまですから、このお血筋の方なのですね・・・

 

イハワレヒコ(神武)さまが、皇統を1つにまとめるために、
東征なさった時に、お味方として一族を率い、道をご案内なさったわけです。
おそらく、その一帯が代々任されてきたご領地だったのでしょう。
長年静かに、地方を治めてこられたのだと思います。
ただの豪族ではなかったことは、大事なことだと思います。

 

 

Σ(*゚◇゚*) でも、なぜカラス? 


 

カラスという鳥(そして、ニワトリも)は大変良いものとされていました。
カラスの「カ」の字もそうですが、あのカアカアと言う鳴き声もね?
「カ」とは明るく輝くという意味がありますから。
このお名も褒め名であると思います。

ヤタにはヲヲヤケ(公)という意味もあり、
カラスは幸運を運んでくる目出度い鳥ですから、
キミのご苦難の時に幸運をもたらしたという意味で、
お名を賜ったのではないかと想像するのですが。
 

 

スヘラギノ ユメニアマテル
カミノツケ ヤタノカラスオ
ミチビキト 
サムレハヤタノ
カラスアリ 


 

アマテルさまのお告げには、
    「ヤタのカラスと称する、運をもたらす者が現れるので、
    その者を導きとせよ」 

 

オゝチガウガツ
アスカミチ イクサヒキユク
ミチヲミガ ミネコエウダノ
ウガチムラ
    
 

オオチという一族が開いたアスカミチを、
    その頭領のミチヲミ(ヤタカラスと称す)は、キミの軍を導き、
    峰を越え、ウダのウガチムラまで案内しました 

 

以上、一部、再掲。 

 

 

ヤタガラスは、ミチヲミ(=オウチ)という名前の人物で、称え名であった! 

 

 

 

しかし、「カラス」には、もっとさかのぼる以前からの意外な由来があったのです。 

 

 

 

いつものようにびーちぇさまの解説を引用させていただきます。 

 

 

ヲシテ文献でなければ解けない! 

 

    古代日本の謎 ~熊野のカラス~   

 

 

 

 

 

死ぬことを「マカル」ともいいますが、
 

これはアメノミチに添った自然な死です。
 

それに対し、
 

事故などで、思いがけず死ぬ時には、
 

ただ、「カル」と使っているようです。

 

 

 

死ぬのではないけれど、
 

オオナムチの「トミカレ」があります。
 

目に見える冨(財物)にとらわれて、心が貧しい状態なのでしょう。
 

そういえば、
 

「ケカレ」は、ケ(生命エネルギー)が枯れた状態です。

 

「シヰ」のエネルギーが枯れて力を失います。
 

ですから、自由になったタマはアメに還っていけるのです。

 

 

 

「シコメ」は、
 

イサナギさまが、無残なご遺体を見て発せられたお言葉から、

 

ヴィジョンとして現れたものかなあと思いました。

 

「イナヤ シコメキ キタナキ」

 

そして、ヌカタタさまが奉られるお役目になられた、

 

クマノカミのお働きとは、


「シコメガ シヰオ カラス カミ」なのですね。


「ガ」に、悪い意味を表すヒゲ濁点が付いています。

 

また、そもそもクマノミヤは、


すべての人々のヲヱ(体の病)クマ(心の病)をも、


自分の身に受けて除こう(カラそう)と、


祖母ギミ、イサナミさまが命をかけて立てられたミヤです。


ですから、まことに


イサナミさまが「クマノカミ」であられることが判ると思います。 

 

 

 

さて、タマシヰとは、
 

ヲの要素である「タマ」、メの要素である「シヰ」
 

から成っているものです。
 

そして、この世での身体維持、
 

生命維持を司っているのが、シヰなのです。

 

しかし、この働きが強くなりすぎると、

 

我というものになり、はては欲となってしまいます。

 

これは、まことに醜く悪いもの。

 

 

以上の考察から、

 

「シコメ」とは、このメの要素シヰが強くなりすぎ、

 

凝り固まった・・・

 

故に悪いものとして、

 

転じて「醜女」という意味になったのだと思います。

 

シ・・・シ(ヰ)の強すぎるもの

 

コ・・・それが凝り固まる

 

メ・・・メの要素

 

そして、イサナギさまは夢の中で、

 

ご自分の心が創り出した「シコメ」に追われておしまいになった・・・

 

それを退けたのは、

 

夫婦の絆を表していた「桃」であったのですね。

 

カミになられたイサナミさまに助けられたように    

 

私は感じてしまいます。

   

 

さて、鳥のカラスですが、 

 

クロという色は、前にも書きましたように、 

 

アメの生命エネルギーを放射し続ける意味の色です。 

 

そして、若きアマテルさまがヒタカミに勉学にいかれた時に、 

 

 

ミコノヒカリノ 

 

テリトホリ ヤモニコカネノ 

 

ハナサケハ ヒノワカミヤノ  

 

ワカヒトト トヨケヰミナオ 

 

タテマツル 

 

 

その後、お住まいのミヤだけは、 

  

カラスがコカネを咥えて集まるのだそうです。

 

 

ヒノキミノ ミヤモルカラス 

   

コカネハク ツヒニキカヤモ 

 

コカネサク 

 

 

烏が光るものが好きで、集める習性は知られていますが、 

 

それにしても、素敵な光景だと思いませんか? 

 

 

 

「ヌカタタよ」と仰せになって、イサナミさまとクマノカミ、 

 

そしてカラスカミと鳥のカラスとの結びつきを、お教えになったのは、 

 

もちろん御父上のアマテルさまなのです。 

 

カラスは以後、悪いものを枯らし、 

 

幸運をもたらす象徴の鳥になりました。 

 

何百年の後、 

 

オオチのミチヲミさんへの「称え名・ヤタノカラス」も、 

 

こういうことが由縁にあったのですから! 

 

 

 

 

以上、引用させていただきました。 

 

クロの色について、詳しくはびーちぇさまの記事をご覧ください。 

 

アマテルカミの お馬 (2)
http://julian.way-nifty.com/woshite/2010/02/post-ba0b.html
思うこと、イロイロ
http://julian.way-nifty.com/woshite/2010/02/post-b143.html 

 

 

 

 

参照        松本善之助 秘められた日本古代史 ホツマツタヱ



            池田 満  「ホツマツタヱ」を読み解く  展望社

                    ホツマ縄文日本のたから 
展望社

                    ホツマ辞典        展望社


       定本・ホツマツタヱ  ―日本書記・古事記との対比―

                    松本善之助 監修  
                    池田 満   編者     展望社

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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イサナミさまの祈り

2010/04/07 18:56

 

 

 

 

 

熊野本宮大社では、家津美御子大神が仰せになったと伝わる故事より

 

例大祭には本殿前に「挑花(ちょうばな)」と呼ばれる花がお供えされます。

 

旧社地での齋庭神事という祭典では、大和・早乙女舞がわれ、

 

この舞の折に、有馬の窟の歌・花の窟の歌が謳われます。

 

「有馬窟の歌」
   有馬や祭は花の幡立て笛に鼓に
   歌ひひ歌ひひ 

 

「花の窟の歌」
   花のや岩屋は神の岩屋ぞ祝えや子供
   祝え子等祝え子等

 

 

花の窟から近い位置にある産田神社には、熊野本宮大社と同じ巫女舞が

 

江戸時代まで伝承されていたとのことで、関わりの深さがうかがわれます。  

 

 

           

 

 

熊野本宮大社の主祭神、家津美御子大神とは?  

 

 

ヲシテ文献でなければわからない古代神々の真実

 

 

        ~イサナミさまの祈り~  

 

 

 

 

ソサクニ ニ ウム ソサノヲ ハ 

 

ツネニ オダケビ ナキイザチ クニタミ クジク

 

イサナミ ハ ヨノクマ ナスモ ワガ ヲヱ ト

 

タミノ ヲヱクマ ミニウケテ マモランタメノ クマノミヤ  

 

 

                        ホツマツタヱ3-19,20

                      

                        (注)文末に注意がきがあります。  

 

 

ソサとは紀伊(紀伊半島の南端部あたり)の古名で、そこでお生まれになったのがソサノヲさまです。キシヰ(和歌山県北部)にタチハナを植えたことにちなみ、ハナキネと名づけられました。古事記、日本書記での、粗暴だからスサブの言葉をとってスサノオと名づけられたというのは間違いなのです。ソサノヲさまは、常に怒鳴ったり泣き騒いだりして、国民を困らせていました。クマは気の病。ヲヱは身体の病、ケガレ。イサナミさまは「世のクマなす」も「我がヲヱ」と、すなわち世の禍となるソサノヲさまのこのようなふるまいは、ご懐妊の時になにかしらケガレのようなものがあり、ご自分の責任だと心を痛められたのです。そこで国民が受けている世の中の禍を全部一身に受けて、クマノ宮を建てられたのです。クニ守る母イサナミ 

 

 

以前のエントリにいただいたびーちぇさまの解説に最新の解説をまじえて、以下に引用させていただきます。

 

 

以下、引用。

 

 

 

 

ヲシテ研究所のある方が、イサナミさまの亡くなられた時のソサノヲさまの年齢を8才位ではないかと推定されていました。 

 

もちろんはっきりとは検証できないのですけれど、面白いなと私は思っています。 

 

ヨノクマをなされた・・・のは、6才くらい?すっごい悪戯っ子だったのでしょうね。 

 

シキマキ(籾を重ねて蒔く)なさったのも、お百姓さんの種まきを真似なさったのかも・・・ 

 

なんだか、ご本人は悪気は無かったような気がするんですよ。 

 

でも、結果は皆が困ることばっかりだった訳で。 

 

で、火イタズラで山火事になり、延焼を防ごうとクマノミヤで祈られていたお母上が巻き込まれて亡くなられた。 

 

これこそ、ソサノヲさまが心の中で、一生苦しまれたことに違いありませんよね? 

 

そう思うと、本当にお可哀想な気が致します。 

 

 

 

 

ヲシテの原字を1つ1つ注視して考察をしていくんですが、 

 

上記に書いたのは私の説なんですね・・・ 

 

また、その箇所全体をどのように区切るかで意味も変わってくるんです。 

 

今解っているのは、 

 

ミクマノノ ミヤマギヤクオ ノゾカント 「ウム」ヒノカミノ カグツチニ 

 

で、ウもムも、母音は三角形の「ホ」の形です。 

 

で「ウ」は、見えない熱いエネルギーを表していますね? 

 

これは、情熱とか、強い動き(現実化)の現れ。 

 

「ム」はその情熱、強い動きを横棒で受けて、 

 

下(つまり現実世界に)に及ぼしていくんです。 

 

ですから文章の場所によって、「産む」意味もあるんですが、 

 

生む・・・生じさせたという方が、ここでは正確な意味ではないかと思われます。 

 

 

 

ミクマノノ・・・からは、前段を受けてのお話です。 

 

ですから、ミヤマギヤクオ・・・は、いったい誰がやったのか? 

 

ソサノヲさまの世になしたクマを、母上が身に受けて償いをなさった、 

 

その一番の事件がこれであったのではないかと、私は考察した訳です。 

 

次の節からは(おそらく)哲学的な解釈であろうと思います。 

 

つまりは、この事件から汲み取れたもの・・・この事件のきっかけで気づいたこと。 

 

そんな風に解すれば、ひとつづきのストーリーが矛盾なく理解できる。 

 

 

 

ここからはイメージ。 

 

イサナミさまはクマノミヤで、火を鎮めるために、 

 

祭壇に火を焚いて祈られたのではないか? 

 

現実の火に心をつなげは、いろんな情報がわかる・・・ 

 

燃え方で、空気が乾いているとか、風が強いとか・・・ 

 

それをもとに消火のご指示がなされた・・・とか、ね?

 

 

 

 

 

ハハノミニ ステトコロナキ ヨノクマオ ワガミニウケテ モロタミノ カケオツグナフ 

 

イサナミさまはソサノヲさま方の母上でいらしたけれど、お心のうちは全ての民の母でいらした。 

 

そして同じ子供を持つ母である女性たちの、子育ての悩みもよくよく理解しておられた。 

 

エネルギーが有り余って、元気過ぎるようなやんちゃな子供は、 

 

時として周囲に迷惑をかけることにもなる・・・その母たちの悩み。 

 

それをみな引き受けられて「モロタミノ カケオ ツグナフ」とのご意思で 

 

「クマノミヤ」を建てられたのですものね?なんと素晴らしいことかと思います。 

 

 

  

ク・・・今動いている自然の強い力、パワー。

 

マ・・・それが纏められて「あるところ」にやってくる、降る。

 

○が、ある状態、あるところ。

 

見えないけれど、強い力が働いてある人に降りている。
 

意志ではどうにもならないような、そんなエネルギー。

 

すべてが大自然の循環の内にあるので、
 

もともとのエネルギーに善悪はありませんが、
 

人がコントロール出来なければ、
 

この世の人の生活において調和を乱すことがあるのですよね。

 

それをとりあえず、
 

「限定付き」で良くない、悪いとしていたのです。

 

イサナミさまは、
 

ソサノヲさまのクマの故に起こった火事という不調和を、
 

自分の命をかけて治められたのですから。
 

 

 

 

 

 

 

 

 古代の方々は私たちと同じような普通の人間であられました。 

 

ただ、違っていたとすれば「命をかけて、するべきことを成す」という無私で至誠なるお心をお持ちであったと。 

 

これこそ、現代にはほとんど見られなくなった「ヲヲヤケ」という理念なのでしょう。 

 

上に立つものはみな、このヲヲヤケの心を体現していたのですね。 

 

だからこそ、民はそういう方々を心から敬い、その方々を手本としていたに違いないのです。 

 

 

 

宇宙の原理などは、いつの時代でも、まっとうな感覚を持っていれば素朴な形でも推察できるものではありませんか? 

 

さる理科系の方が、私の「タカマノハラと物理学」について、メールを下さいました。 

 

>物理学というのは自然の摂理をいかにつじつまが合うように説明できるかを研究する学問です。 

>現実の現象があって、それを数式を使ってもっともよく説明できたものが、今現在の理論となります。 

>それが例えば神話と似てしまう、というのは>結局は現代人が考えることは太古の昔の人とものの考え方という点では 

>それほど変わらないということではないかと。 

 

まことに嬉しいご指摘でした。 

 

 

 

人は大自然の法則の中で、生きていて、真当に生きている人であれば、 

 

昔も今も変わりがない認識にたどり着くと、私も思わずにはいられません。 

 

例えば、野菜作り名人のお爺さんが「今年はどうも雨が多いかもしれないから・・・」と、 

 

畝を高くして、水はけを良くしたり、 

 

漁師のおじさんが「あの雲の動きでは、えらく海が時化るぞお」なんて・・・ 

 

機器が無かった時代でも、潮の流れや星の位置や、風や雲を読める人は 

 

庶民レべルでもいっぱい居たではありませんか。 

 

職人の世界でも、自然の法則を生かして本当に緻密な仕事をする。 

 

「いい仕事、してますねえ」 笑)これが、日本人なんですよねっ☆ 

 

 

 

クマノミヤとは、 

 

「クマ」コントロールが難しい強い力・・・を奉ったもの 

 

ただご注意頂きたいことですが、「奉る」には、

 

怖がったり、拝んだり、ひれ伏してお願いするような意味は無いのです。 

 

火や水や雷などの、自然の強い力には、

 

それをよく知りコントロールするために名を付けて奉りました。

 

 

 

 

以上、引用させていただきました。 

 

 

びーちぇさまのサイトはこちらです。 

http://julian.way-nifty.com/woshite/2010/04/post-e858.html 

 

びーちぇさまの「日本のカミさま」も合わせてご覧ください。

 

http://julian.way-nifty.com/woshite/2009/08/post-db86.html 

 

 

 

 

 

ご自分の命をかけて火事を治められたイサナミさま。 

 

イサナミさま崩御の地、有馬花の窟から徒歩で30分ほどのところにある 

 

産田神社は、ソサノヲさまご生誕の地と考えられているそうです。 

 

(参照、ホツマ辞典)

 

 

 

 

~イサナミさまの祈り~ 次回は「カラス」です。 

 

 

 

 

(注)ホツマツタヱ3-19,20  

定本「ホツマツタヱ」(安聡本)だけが、
この個所を異例にも、スサノヲ、スサと記している。
しかし他の部分(22個所以上)では、
みなソサノヲ、ソサと書かれている。

ミカサフミ(安聡写本)でもソサ・ソサノヲしかないため、
記紀原書ではこれを改めた。
 
 

 

 

 

参照        松本善之助 秘められた日本古代史 ホツマツタヱ



            池田 満  「ホツマツタヱ」を読み解く  展望社

                    ホツマ縄文日本のたから 
展望社

                    ホツマ辞典        展望社


       定本・ホツマツタヱ  ―日本書記・古事記との対比―

                    松本善之助 監修  
                    池田 満   編者     展望社





ヲシテ文献については、勉強中でありますので、間違いに気づいた時点で、書き直しします。とくに、訂正箇所等はお知らせいたしませんので、よろしくご了承くださいませ。 

 

 


 

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マクラコトハの真実

2010/03/16 09:24

 

 

                                     

イサナギさまの悲しみと決意  

 

           ~マクラコトハの真実~ 

                                            

                        

 

 

 

 

イサナギさまの悲しみと決意」後半は、マクラコトハについてです。 

 

びーちぇさまの解説を以下に全文掲載させていただきます。 

 

(びーちぇさまのサイトはこちらです。 http://julian.way-nifty.com/woshite/

 

 

 

 

 

 

後半はミソギの解説ととらえて良いかと思います。

 

元々が「ミソギノフミ」というもっと古いフミからの解説をしているのがこの文章全体で、

 

原題は「ワカ ノ マクラコトハ ノ アヤ」と申します。ね?

 

・・・何でっ?て思われるでしょ?

 

 

実は、ミソギとマクラコトハ(いわゆる和歌のまくら言葉)は、同じような効果があるというお話なんですね。

 

身体を清めるのがミソギ。

 

ココロを清めるのがウタ

 

・・・そのうち、ウタの出だしであるマクラコトハは大変重要な役を持っていたのです。

 

ちなみに「枕言葉」は、まったくの誤訳です!

 

真っ暗な心から清明への道の、その種のような言葉

 

・・・それがマクラコトハ。

 

なぜならば・・・ということで、このアヤ(文・まとまった1章)が書かれたのです。

 

で、その始めがイサナギ・イサナミさまのエピソードにあったのですね。

 

そしてミソギの始まりを説いてゆき、次にマクラコトハの始まりや効果、使い方などが丁寧に解説してあります。 

 

 

夢から我に返られたイサナギさま。

 

感情におぼれず別離の苦しみ、悲しみに囚われるまいという、強いご決意から、まずなさったことがミソギでありました。

 

しかし「死のケガレ」を払い清めるためではないと、私は思います。

 

本来死というものにはケガレは無いのですから。

 

また付け加えておきますが、死者のクニなどという概念も無かったのです。

 

私達の祖先は、まことに理知的な方々でありました。

 

人が死ぬと「タマシヰ」のタマ(人のココロの本質)とシヰ(欲求)が分かれ、 

 

タマはアメに還り、シヰと命無き肉体は、クニタマ(地球・地)に還る・・・そう思っていました。   

 

そして命というものは、タマシヰがコダネ(つまりのちに身体になる5ヶ月目の受精卵)    

に宿った時に生まれるのですって!   

 

なんとまあ!スゴイと思いませんか?

 

さて。イサナギさまのミソギですが、目的はご自身の我欲を払い清めるためでありました。

 

死や別離は、大自然の法則(アメナルミチ)の1つでもあるのです。

 

どんなに悲しくても別れ難くとも、その感情はそれとして、

 

全てのタミのためにも、日々のヲヲヤケのお務めを心を込め、

 

誠実になさらなくては・・・それが、アマカミのお役目なのですから。

 

 

 

 

お心が晴れない時、何度も何度も、イサナギさまはミソギをなさいました。

 

愛するお方を失ったお悲しみは、それはそれは深かったと思われます。

 

それ故に、源なるアメのお力を借りたいと願われ、ミソギのたびに、そのアメのお力にカミの名を付けられたのです。

 

カンナオヒ オオナオヒカミ 

 

ソコツツヲ ナカツツヲ ウハツツヲシマツヒコ オキツヒコ シガノカミ次々と名付けられたカミのお名。

 

 

 

イサナギさまの、深い深いお悲しみが判るような気が致します。

 

イサナギさまは、何度も何度もミソギをなさいましたが、お心はなかなか晴れませんでした。

 

その時に、イサナギさまにお教えがありました。

 

アワキミ(イサナギさまのこと)も、イサナミとの別れの悲しみから「アシヒキ」戻ったことから悟ったであろうが、その中になお深い意味を見つけることが出来る・・・と。

 

そこから「マクラコトハ」へ解説は移っています。   

 

 

  

 

 

 

自らの心の思いの中に、マクラコトハというウタのタネを投げ入れて、   

 

そこに連なってくるコトハを整えるとワカ   

 

(若々しく心が蘇るウタ)が出来る。   

 

真っ暗な自分の心に投げ入れるタネの言葉が、   

 

マクラコトハ(真暗!?コトハ)なのだ。   

 

アシヒキノはヤマという言葉を導きだす。   

 

ホノホノは夜明け、ヌバタマは夜 

 

マクラコトハハ ウタノタネ

 

このコトハには、実物見本があるのです。
 

ヌハタマ(真っ黒なヒアフキの種)と、
 

ホノボノが判るその夜明けの色の花。
 

その葉っぱから檜扇が出来たのだと、
 

1アヤに書いてあります。

 

つまりその真っ黒の種の中には、見えないけれど、
 

すでに生命の動きがあるんですね。
 

そして暗い土の中に播かれて、芽生え、花が咲くと、
 

それは、まるで夜明けのような朱色の花なんです。
 

生命の循環を示していると思います。

  

 

・・・こうやってワカを詠み、今でいえば感情を表現することで、

 

もやもやしていた心の整理も出来、気持ちも明るくなれるということでしょう。

 

お教えの結論は、身体のミソギを何回行っても、心は明るくならない。

 

心に明るさを取り戻すのはウタを詠むことにある。

 

つまり、心のミソギにはウタが必要ということだったのです。

 

 

ココロおアカス ウタのミチ

 

ミソギのミチは ミをアカス

 

ヤマトのミチの オオイナルかな

 

 

 

ぶっちゃけて、びーちぇ語でいえば、

 

身体のミソギ→ お風呂に入って、いつも清潔にすること。

        気持ちもよいし病気になりにくい〜☆

 

ワカを詠み→  自己表現で感情を整理して、それを大きな声で歌い上げると        

気持ちはホントに若返りますデス。(いちお声楽家の私) 

 

 

 

以上、びーちぇさまの解説を全文掲載させていただきました。 

 

マクラのもっと詳しい図解をびーちぇさまのサイトでご覧ください。 

 

思うこと、イロイロ  
http://julian.way-nifty.com/woshite/2010/02/post-b143.html                           

 

 

 

 

 

参照        松本善之助 秘められた日本古代史 ホツマツタヱ



            池田 満  「ホツマツタヱ」を読み解く  展望社

                    ホツマ縄文日本のたから  展望社

                    ホツマ辞典        展望社


       定本・ホツマツタヱ  ―日本書記・古事記との対比―

                    松本善之助 監修  
                    池田 満   編者     展望社





ヲシテ文献については、勉強中でありますので、間違いに気づいた時点で、書き直しします。とくに、訂正箇所等はお知らせいたしませんので、よろしくご了承くださいませ。
 

 

 

 

 

 

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マクラコトハの真実(序)

2010/03/15 13:03

 

 

 

 

 

 

「ぬばたまの  夜さり来れば  巻向(まきむく)の
         

            川音(かはと)高しも  かも疾(と)き」
        

                柿本人麻呂(かきのもとひとまろ)  万葉集
 
 

「茜(あかね)さす  昼は物思(も)ひ         
        

            ぬばたまの  夜はすがらに               
             

                      哭(ね)にみし泣かゆ」  万葉集     
 
   

 

”ぬばたまの”は黒に関連のある「夜・夕・髪」などにかかる     

 

                 枕詞(まくらことば)として用いられる。 

 

 

「黒」や「夜」、またその他の「黒」をイメージさせる言葉を導く「ぬばたま」は、ヒオウギの黒い実のことです。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒオウギは、アヤメ科アヤメ属の多年草です。 

 

夏に桧扇(ひおうぎ)に似た形の葉に緋色の花が咲くので、この名前がついたと言われています。花の内側に濃い紅色の斑点があります。

      
 

  

・鑑賞用として栽培される。                     
・夏に、オレンジ色で斑点のある6弁花が咲く。   
・葉の並び方が、「檜扇」という扇子みたいなもの 
  (ヒノキの薄い板をとじあわせた扇)に         
  似ているところから。                         
・「桧扇」とも書く。                           
 
・実(み)は黒色で「射干玉(ぬばたま)」または 
                  「烏羽玉(うばたま)」という。
    (この射干玉の「射干」の音読みから
               名前がつけられたのが しゃが(著莪)です)
・別名  「烏扇(からすおうぎ)」               
          実が黒であるところから。(烏は黒い)参照   

 

 

        

 桧扇(ひおうぎ)を持つおひなさま。 

 

 

さて、万葉集では桧扇(ひおうぎ)そのものを詠んだ歌はないそうですが、

 

ヲシテ文献にはちゃんと記述があります。ご覧ください。  

 

 

イサナギさまの悲しみと決意 

 

 

       ~マクラコトハの真実~(序) 

 

  

ヌバタマノ ハナハ ホノホノ カラスバノ 

 

アカキハ ヒノデ ヒアフギノ  

 

イタ モテ ツクル アフギ シテ  

 

クニモリ ヲサム  ヲシエクサ

 

 

現代では「ヒオウギ」という植物名になっていますが、ヲシテには「カラスアフキ」と書かれています。

 

「カラスアフキ」をオシクサ(教え草)として、ヒノキの板を使って檜扇を作られ「アフキシテ クニモリヲサム」象徴のようなものとなりました。 

また、ワカヒメさま、ムカツヒメさまが扇の代わりに使って穂虫払いをなさったお話も記述されています。

 

ワカカエル ワカノウタヨリ ワカノクニ 

 

虫を祓った32音のウタには、わが国の国歌である「君が代」の32音にも通じる重要な意味があり、ご紹介したいところですが、長くなりますので、またの機会にいたしますが、この「日の扇」を使った祭礼が紀伊半島、那智大社の夏祭りです。7月14日に行なわれる熊野那智大社の例大祭は、別名「扇祭」「那智の火祭り」とも呼ばれ、御輿には、この「ヒアフキ」の花を今でも飾り、日の丸扇が32扇取り付けられて、ヲシテ時代からの伝統を今に色濃く伝えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~マクラコトハの真実~ 次回へ続く

 

         

 

 

 

 

 

 

 

参照        松本善之助 秘められた日本古代史 ホツマツタヱ



            池田 満  「ホツマツタヱ」を読み解く  展望社

                    ホツマ縄文日本のたから  展望社

                    ホツマ辞典        展望社


       定本・ホツマツタヱ  ―日本書記・古事記との対比―

                    松本善之助 監修  
                    池田 満   編者     展望社





ヲシテ文献については、勉強中でありますので、間違いに気づいた時点で、書き直しします。とくに、訂正箇所等はお知らせいたしませんので、よろしくご了承くださいませ。
 

 

 

 

 

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ヨモツヒラサカの真相(後編) 

2010/03/14 11:23

 

 

 

前編に続き、びーちぇさまにいただいた解説を以下に全文掲載させていただきます。  

 

びーちぇさまのサイトはこちらです。 

 

     http://julian.way-nifty.com/woshite/

 

 

 

 

 

イサナギさまの悲しみと決意 

 

 

       ~ヨモツヒラサカの真相~(後編) 

 

 

 

 

イサナミト ヨモツヒラサカ  コトタチス  

 

 

 

イサナミ イワク  

 

ウルワシヤ カク ナササラハ 

 

        ・・・ナサザラバは濁点無し 

 

「チ」カフ「べ」オ    

 

          チは数詞の千 ベは頭 

 

「ヒ」ヒニ クヒラン

          

 

          太陽を表すヒ  

 

イサナギモ ウルワシヤ ワレ ソノ「チヰモ」

 

          数詞で千五百 

 

ウミテ 「ア」ヤマチ ナキコトオ

 

          改まった場合に使うア  

 

 

マモル ヨモツノヒラサカハ  

 

         イキタユルマノ カキリイワ

 

 

 

意味を判りやすくするために、上記のように書いてみました。

 

カタカナではどうしようもないのは、異字体なのですが。

 

それはカッコでくくってあります。

 

また難しい言葉のときは、なんとしてもヲシテ原字を見て、一字一字の意味から探っていかなくてはなりません。

 

でも、皆が知っていると思っている言葉が、古き昔では意味が違っていることも大変多いので、気をつけてくださいね?

 

上記でも、「ウルワシヤ」は、麗しとは何の関係もないと私は思います。

 

「ウ」は、熱く強い、動きを表す創造のエネルギー。

 

「ル」は ウの上記の意味の母音と、

 

逆Yの形の子音は、その強いエネルギーが三方に出て行くカタチでございました。

 

 

そして「ワ」はこの世とか現実、また大地・地球を表す。

 

「シ」は成すということで、母音の形が時間の経過を表し、なお心、意思の意味のある見えないエネルギー。

 

子音の横棒・・・一の漢字と同じ形なんですが、エネルギーを受けていることを表し、しかもしっかりと安定していることを示しています。

 

どうでしょうか、意味を類推してくださいませね?

 

「ウルワシ」は、決意の表れの言葉だと思っています。

 

強い、熱い思いを現実化し、表明している。

 

意訳すれば、「アメに誓って宣言致します」みたいな感じでしょうか。

 

イサナミさまは厳かに宣言なさいました。

 

このように私の死を受け入れいただけないならば、

 

(死の意味をお解りいただくためにも)日々に千人の人の頭を、くびり殺します。

 

イサナギさまもそれに対して、厳かに宣言なさいました。

 

私は(その千人の死の悲しみの中でも)千五百の人を産んで、生きていくことの大事さを悟ります。

 

二度と(死の悲しみに囚われるような)あやまちを為さないことをあなたにお誓いします。

 

大意はこういうことだと思います。

  

千人、千五百人は国民が増えるということではなく、 

 

あくまで、死と生のある人生において、 

 

そのウェイトをどこに置くかということを数で示していると思います。

 

 

 

「マモル ヨモツノヒラサカハ」からは、イサナギさまの想いのこもった慨嘆の文でしょうね。

 

もちろん、以上は夢の中のお話ですけれども。

 

このお二人のコトタチ・・・これもねえ、言断ちじゃ誤訳なんですよ。

 

信頼できる原文には濁点がありません。

 

「コ」はアメからのエネルギーをまっすぐ通して(子音のカタチ)しっかりと形あるものにする(母音)意。・・・だから子という意味にもなるんですね。

 

「ト」はもちろん、トノヲシテ。タチは、起っているということ、クニトコタチさまのタチ、ね?

 

 

イサナミト ヨモツヒラサカ コトタチス   

 

 

イサナミさまとヨモツヒラサカで、   

 

アメノミチなるトノヲシテに従われたのです。 

 

 

 

死もある。

 

別離の悲しさもいっぱいある。

 

でも生きている喜びは、もっともっと大きいのですよ、と。

 

そして、悲しみに囚われ、感情に溺れることへの否定。

 

私情故に、法までも曲げてしまったりすることに繋がりますから。

 

イサナミさまの死は崇高なものでありました。

 

それを受け入れないことは、アメナルミチ(トノヲシテ)に背くことなのです。

 

また、その貴さ、崇高さを否定することにも繋がりますよね。 

 

 

 

          イサナギさまの悲しみと決意 次回へ続く 

 

 

 

参照 池田 満  ホツマ縄文日本のたから  展望社

            ホツマ辞典        展望社


定本・ホツマツタヱ  松本善之助 監修  
              池田 満   編者




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加筆等、修正いたしますが、とくにお知らせいたしませんので、よろしくご了承くださいませ。

 

 

 

 

 

 

 

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